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孫正義の発想に学べ!~「大風呂敷」のすすめ

嶋聡(多摩大学客員教授/元ソフトバンク社長室長)

2014年04月09日 公開 2023年01月30日 更新

 

 日本の「非常識」は、世界の「常識」

 「大風呂敷」について考えるうえで、もう1つ忘れてはならないことがある。

 日本では「大風呂敷」といわれることが、世界では常識にすぎないこともままある、という視点だ。

 政治の世界からビジネスに転じて8年、孫正義社長とともに行動していると、世界のCEOたちと会って言葉を交わすことも多くなる。

 そこで感じたのが、「世界を変えるために仕事をする」という「大風呂敷」的な視野の持ち方は、彼らにとっては常識だということだ。

 たとえば、グーグルのCEOを務めたエリック・シュミット氏はこう言っている。

 「我々の目標は、世界を変えることだ。金を稼ぐのは、その費用を手に入れるための手段にすぎない」

 あるいは、ゼネラル・エレクトリック(GE)のCEO、ジェフリー・イメルト氏はこう言ったという。

 「GEで働けば、歴史をつくりあげることができる」

 実際にお会いしたイメルト氏は、とても人なつっこくて話しやすい人物だった。孫社長と一緒に会ったときに、私の名刺に書かれた「Senior Vice-President of CEO Office(社長室長)」という肩書きと孫社長の顔を見比べて、イメルト氏は言った。「この人の下で社長室長をやるのは大変でしょう」。孫社長の「大風呂敷」、経営判断と行動スピードの速さを見抜いて、私の身を案じてくれたわけだ(もちろん、冗談だろうが)。

 だが、そう言うイメルト氏自身のスケールとスピード感も相当なものだ。

 そのときはアジアスーパーグリッドの話をさせてもらった。アジア全域を送電線網で結ぶという、たいていの日本の経営者だったら単なる「大風呂敷」で片づけるこの計画に、イメルト氏は「素晴らしい構想だ」と即座に食いついてくれたのである。そればかりでなく、「アジアスーパーグリッドは中国がキーになる。GEの中国の責任者が北京にいるから、紹介しましょう。それと、スイスの直流送電網の会社に元GEの人間がいる。彼も紹介しよう」と即座に実現に向けて動いてくれたのである。

 世界の経営者、特にアメリカの巨大企業のトップたちは、莫大な利益の追求とともに必ず地球規模の課題への取り組みという目標を持っている。日本人から見れば「大風呂敷」と言いたくなるような目標である。だからこそ、世界中を驚かせるような成果を生み出せるのだ。

 では、こうした高い視点は日本人には本来的に欠けているものなのだろうか。

 そんなことはない、と私は考えている。

 「失われた20年」のなかでいつしか習い性となった「縮み志向」が、日本人が本来持っている才能、活力、そしてスケールの大きな企業家精神を封じ込めてしまっているだけだ。

 もともと日本人は「大風呂敷」を広げ、実現する力を持っている。

 そのいい例が、私が松下政経塾で薫陶を受けた松下幸之助である。

 

 日本人の「大風呂敷」力を解き放て

 松下幸之助が唱えた有名な「水道哲学」という企業理念がある。

 ある暑い日のこと。外を歩いていた松下幸之助は、喉が渇いた人が断りもせずに道端にある水道をひねって水を飲む姿を目にする。当然、誰もとがめない。それは、水が大量にあって安いからだ。

 これを例に松下幸之助は、「自分のつくっている電気製品も経営努力によって水のように大量で安くするのが私の使命だ」と従業員に訴えた。これが「水道哲学」である。

 この使命を悟った1932年を「命知元年」とし、その年5月5日に松下幸之助は社員に対してこう語っている。

 「産業人の使命は貧乏の克服である。そのためには、物資の生産に次ぐ生産をもって、富を増大させなければならない。水道の水は価あるものであるが、通行人がこれを飲んでもとがめられない。それは量が多く、価格があまりにも安いからである。産業人の使命も、水道の水のごとく物資を豊富にかつ廉価に生産提供することである。それによってこの世から貧乏を克服し、人々に幸福をもたらし、楽土を建設することができる。わが社の真の使命もまたその点にある」

 貧乏の克服。人々の幸福と楽土の建設。

 これほどの「大風呂敷」はなかなかない。

 さらに、この使命を達成するための計画も壮大なものだった。「建設時代」が10年、「活動時代」が10年、「社会への貢献時代」が5年、合わせて25年を「1節」とし、これを10回繰り返す250年計画というのだからそのスケールの大きさがわかるだろう。

 こうした松下幸之助の「大風呂敷」は、間に大戦を挟んだとはいえ、その後に日本が高度成長期を迎えた時代だからこそ通用したのだ、と考える人もいるだろう。松下幸之助が生きたのはいい時代だったのだ、と。

 本当にそうだろうか。少なくとも孫社長はそう考えてはいない。

 「我々は松下幸之助より幸運だ」と言う。「松下さんは電気の時代の人だった。私たちは情報通信革命の時代に生きている。だから日本の企業はもっと世界に飛躍できる。この時代に生まれなかった松下さんは不運だった」と。

 そのとおりだ。日本人を取り巻く環境は、まだまだ十分に恵まれている。

 GDPは中国に抜かれたとはいってもまだ世界第3位。欧米列強の進出のなか、吹けば飛ぶような存在だった明治維新期や、あらゆる生産設備が破壊された敗戦期に比べれば夢のようなポジションにある。

 さらに、2001年にソフトバンクがADSLサービスに参入したのをきっかけにブロードバンドが一気に普及し、一時は世界一速く、世界一安いインターネット環境も実現している。その意味では情報通信革命のトップ集団には間違いなく入っているのだ。

 私たちは松下幸之助よりも有利な環境にいる。それならば、松下幸之助の250年計画に匹敵する「大風呂敷」を広げてしかるべきではないか。

 2013年9月、孫正義社長はまた新たな「大風呂敷」を広げた。

 アメリカで、松下幸之助の250年を超える、300年先の未来を語ったのだ。

 

<書籍紹介>

「大風呂敷経営」進化論
松下幸之助から孫正義へ

嶋 聡 著 

なぜ一流のリーダーは大風呂敷を広げるのか? 松下幸之助の薫陶を受け、孫正義の参謀となったソフトバンク社長室長、渾身の一冊。

 

<著者紹介>

島 聡

(しま・さとし)

ソフトバンク 人事、総務、社長室統括 顧問

1958年生まれ。松下政経塾第2期生。1996年より衆議院議員(3期9年)、鳩山由紀夫、菅直人らの補佐役を務めた。2005年よりソフトバンク社長室長。現在、人事、総務、社長室統括 顧問。「孫正義の懐刀」「参謀」などと呼ばれる。自然エネルギー財団理事、東洋大学非常勤講師。
著書に、『政治とケータイ』(朝日新聞出版)がある。

◇ブログ:嶋聡の「大風呂敷のススメ」http://blogs.yahoo.co.jp/simasatosijp
◇ツイッター:@satoshi_shima

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