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「もてる人」―職場でひっぱりだこになるコツ

小川仁志(哲学者/山口大学教授)

2015年04月17日 公開 2022年12月15日 更新

 

さりげない気遣いこそ、もてるコツ

 もてる状況としていちばん難しいのが、職場です。出世競争などで妬む人がいるからです。利害関係があると、どうしてもぎすぎすしてしまいます。

 それでも、人望の厚い人というのはいるものです。そういう人は、自分もまた、だれかを妬んだりしません。もちろん、競争はしているのです。ただ、相手を蹴落とそうなどとは思っていません。自分と闘っているのです。

 職場の仲間は、むしろ、ともに闘う同志なのです。だから、みんな、人望の厚い人についていきます。そして、そういう人は出世していくのです。

 では、職場での信頼は具体的に、どうやって獲得していくことができるのでしょうか? 歴史上の偉人を例に考えてみたいと思います。

 たとえば、前章で紹介した白駒妃登美さんは、『愛されたい!なら日本史に聞こう』のなかで、豊臣秀吉が家来の信頼を勝ちえた秘訣として、次のように指摘しています。秀吉は、夜、城を見回る際に、部下のことを名前で呼んだ、そしてその部下の年老いた母親の体調まで気にかけていたといいます。姫路城に詰めている兵の数は、約800。その中の一人にすぎない自分を、秀吉は800分の1と見ているのではなく、かけがえのない存在と思ってくれている。「殿の御馬前で死んでも悔いはない」と、部下たちは心を震わせたことでしょう。

 人心掌握のためには、部下一人ひとりのことを気にかけているというアピールが不可欠です。自分はボスにとってただの駒ではなく、かけがえのない存在であると思わせることが大事なのです。

 秀吉にかぎらず、歴史上のすぐれたリーダーたちは、みな人心掌握がうまかったといえます。そうして部下たちの信頼に支えられて、偉業を成し遂げていったのです。よく、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は同時代のタイプの違うリーダーとして比較されますが、じつは、この点だけは共通していたといえます。程度の差はあれ、彼らはみな人心掌握のプロでした。そうでないと、天下統一は成し遂げられるものではありません。

 つまり、職場で信頼を得るには、仕事がきちんとできることは当たり前で、そのうえに人心掌握の能力が求められるのです。

 これは、前章で論じた尊敬とはまた別の要素です。なぜなら、尊敬は、自然に心からすごいと認める行為であるのに対して、人心掌握は意図的にすごいともちあげる行為だからです。

 もちろん、どちらか1つしか使えないわけではなく、現実には、もてる人は両方の要素をもっているのでしょうが、人心掌握のほうは、職場で多くの人からもてたいときに使えます。人をまとめなければならない立場にある人、あるいは新しく組織に加わったときなどです。

 一気にたくさんの人から好かれるためには、意図的に人の心をつかむしかありません。私は転職をくりかえした結果、3回、新人を経験しているので、経験的にこのことを学んできました。

 これも特別なことではなく、具体的には、秀吉ではないですが、その人が喜びそうな言葉をかけたり、さりげなくアシストしたり、ときにはちょっとしたプレゼントを渡したりするだけです。要は、さりげない気遣いです。

 でも、これがなかなかできないものなのです。あからさまなのは簡単ですが、さりげなさを演出するのは至難の業わざです。人心掌握の意図がバレバレでは逆効果ですから。ただ、よく考えてみると、こんなことは誠実に人と接していれば、自然とできることであるようにも思います。ほんとうは、気遣いというのは、共同体のマナーのようなもののはずです。ヘーゲルがこの種の誠実さについて論じていますので、すこし見てみましょう。

 個人が現実性をおのれのものとするのは、彼が総じて現存在するに至り、したがって一定の特殊性のなかへ入り、そうすることによっておのれをひとえに欲求の特殊的な諸圏の一つに局限することによってだけである。だからこの体系における倫理的心術は、実直さと身分上の誇りである。(ヘーゲル『法の哲学Ⅱ』)

 いかにものヘーゲルの表現なので難しいですが、ここで「実直さ」とあるのが、誠実さのことです。もともとは、ドイツ語の「レヒツシャッフェンハイト」の訳なので、実直さという人も誠実さという人もいます。

 つまり、彼は、共同体の種類ごとに、そこを貫徹するエートスあるいは精神、引用文でいうところの「倫理的心術」があると主張しました。エートスというのは、ある社会を特徴づける気風とでもいいましょうか。いわばヘーゲルは、共同体をたんなる仕組みや制度ととらえるだけでなく、そこにエートスとしての人間の精神が、エネルギーのように息づいていると考えたのです。そのなかで、「市民社会のエートスは誠実さ」だと主張しているわけです。

 なぜなら、市民社会では、人びとが商業活動を行ったり、地域活動をしたりしているからです。商業活動を見ればわかるように、互いに信頼関係がないと、取引などできません。そして、職場も市民社会の一部なのです。だから、誠実さが求められるのです。

 これは地域活動でも同じことです。誠実さのない人はすぐにのけ者にされてしまいますから。

《PHP新書『もてるための哲学』より》

 

 

著者紹介

小川仁志(おがわ・ひとし)

哲学者、山口大学准教授

1970年、京都府生まれ。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。哲学者・山口大学准教授。米プリンストン大学客員研究員(2011年度)。商社マン、フリーター、公務員を経た異色の哲学者。商店街で「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践している。専門は欧米の政治哲学。
著書に『市役所の小川さん、哲学者になる 転身力』(海竜社)、『人生が変わる哲学の教室』(中経出版)、『アメリカを動かす思想』(講談社現代新書)、『7日間で突然頭がよくなる本』(PHPエディタース・グループ)、『超訳「哲学用語」事典』(PHP文庫)などがある。

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