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鈴木明子のフィギュア観戦術(2)ソチオリンピックの舞台裏



2015年12月25日 公開

鈴木明子(プロフィギュアスケーター)

 

ソチオリンピックで何が起こったか

選手村では選手同士どんな会話をしているのか?

「選手村のレストランに行った?」

「うん、ビュッフェ、おいしかったよ」

選手同士で交わすのは、そんな他愛のない会話ばかり。自分の調子がよいとか悪いということは話しません。

選手同士には他人が入ってもよい領域とダメな領域に対する共通認識があります。誰が決めたわけでもない暗黙のルールです。「今日の氷はどうだった?」と簡単な情報交換をすることはありますが。

お互い子供のころから知っている仲間だということがあるかもしれません。浅田真央選手も村上佳菜子選手も名古屋生まれのかわいい後輩たち。だから、無意識のうちに、必要以上に立ち入らないようにしているのだと思います。

とはいえ、一緒のリンクで練習していると、「今日は調子がよさそうだな」と思ったり、コーチとの会話が聞こえてきて、「調子悪いのかな?」と思うこともあります。

年長の私は、足の痛みのせいで自分のことで精いっぱい。メダルの期待がかかっていた浅田選手も、19歳で初めてのオリンピックに出場した村上選手も、ほかの選手のことを気にかける余裕はなかったでしょう。

女子の3選手はそんな関係でしたが、団体戦のときに、羽生結弦選手からアドバイスをもらいました。

彼が日本代表のトップバッターとしてリンクに立ったあとで、こういったのです。

「ロシアコールが大きくて、6分間練習のとき、残り1分のコールが聞こえにくいから気をつけて」

「すごい歓声だけど、自分への応援だと思えばいい」

団体戦のアウェーの雰囲気のなかでも、羽生選手は少しも動じることはありませんでした。

むしろ、自国の声援を受ける代表選手のように、堂々と楽しんで滑りました。

はじめてのオリンピックで冷静に周囲のことを分析できる羽生選手のメンタルの強さに驚きました。調子やコンディションをピークに合わせていたからこそ、自分や会場を客観的に見ることができたのでしょう。

調子のよさとメンタルの強さ、自分がどんな状況にあっても「いつもどおりにできる」という自信があったから、彼は金メダリストになれたのだと思います。

 

フリーの演技が終わったあと、3人で抱き合って大泣き

自分たちの試合が終わってからは、選手村のリビングのようなところに集まって、みんなでお菓子を食べながら夜中までいろいろなことを話していました。選手村にはアミューズメントスペースがあって、そこでビリヤードをしたり卓球をしたり、ゲームセンターで遊んだり、五輪マークを背景に写真を撮ったりしました。

それまで一人で戦っていたので、みんな苦しかっただろうと思います。

とくに日本のエースと目されていた浅田選手の場合、金メダルを期待されてそうとうなプレッシャーを感じていたはずです。そんななか、彼女はショートプログラムで16位に沈んでしまいました。

フリーの当日まで、前日の失敗を引きずっているように見えました。浅田選手とこれまで何度も同じ大会に出ているので、彼女のリズムはわかっています。会場入りの時間も、本番までのルーティンも決まっているのですが、会場入りの時間がいつもと違っていましたし、

表情も普通ではありませんでした。

朝、顔を見た瞬間に、「よく眠れなかったのかな?」とも思いました。でも、しっかり立て直し、本番ではパーフェクトな演技を観せてくれました。あれは、彼女にしかできないことだったと思います。

私は自分の出番があったので、浅田選手のフリーの演技を観ることはできませんでした。

4分間滑り終わった瞬間に涙を流したと聞いて、驚きました。彼女は氷の上で涙をみせる選手ではありません。

全員のフリー演技が終わったあと。浅田選手と村上選手と3人で顔を合わせた瞬間、言葉もなく、抱き合って大泣きしてしまいました。みんな口には出さなかったけれど、つらかったのでしょう。言葉で説明しなくても、3人にだけわかる思いがありました。

トリノオリンピック(2006年)では荒川静香さんが金メダルを獲得しましたし、バンクーバーでは浅田選手が銀メダルを獲りました。ソチでもメダル獲得の期待が大きかっただけに、プレッシャーは強かった。バトンをつなぐという意味でも、3人とも重いものを感じていたのです。

浅田選手がショートプログラムであれほどの失敗をするとは、誰も思わなかったはずです。

本人もコーチもスタッフも。次のフリーでいくら挽回したとしても、金メダルは絶望的。でも、そこで金メダルの呪縛から解き放たれて、浅田選手らしい演技ができたのではないでしょうか。浅田選手もフリーの前に、自分の原点を思い出したのかもしれません。

順位もメダルも大事ですが、フィギュアスケーターにはそれ以上に大切なものがある。

浅田選手はソチオリンピックのフリーでそれを証明してくれました。

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国の期待と重圧を背にメダルを獲ったロシア選手 >



著者紹介

鈴木明子(すずき・あきこ)

プロフィギュアスケーター

1985年生まれ。愛知県豊橋市出身。6歳からスケートを始め、15歳で全日本選手権4位に入賞し注目を集める。10代後半に体調を崩し大会に出られない時期もあったが、2004年に復帰。10年バンクーバーオリンピック代表の座を獲得し、8位に入賞した。12年世界選手権銅メダル。13-14全日本選手権では、会心の演技で13回目の出場にして初優勝。14年ソチオリンピックでは、同大会から正式種目となった団体戦に日本のキャプテンとして出場し5位入賞、個人戦では8位入賞を果たす。14年の世界選手権出場を最後に、競技生活からの現役引退を発表した。引退後はプロフィギュアスケーター、振付師、解説者として活動の幅をさらに広げている。

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