1. PHPオンライン
  2. くらし
  3. それって認知症の始まり?「あれ、なんだったっけ?」の原因は?

くらし

それって認知症の始まり?「あれ、なんだったっけ?」の原因は?

長谷川嘉哉(医学博士、認知症専門医)

2018年02月21日 公開 2022年06月30日 更新

増えていく「あれ、なんだったっけ?」の原因は?

もし、ワーキングメモリがうまく使えず、脳のパフォーマンスが落ちてくると、「週末はどうでしたか?」と聞かれ、「あれ、何をしたっけな?」と答えたり、「先日の件、どうなりました?」に「あれ、なんだったっけ?」と答えるようなことになります。

これはワーキングメモリが手一杯になってうまく使えていない状態です。

というのも、ワーキングメモリが同時に処理することのできる情報は意外に少なく、せいぜい5つから7つ前後。しかも、その処理能力は加齢によって衰えていき、50代に入る頃には最盛期に比べて30%ほど低下するといわれています。

だからこそ、ワーキングメモリを効率的に使う方法を身につけていくことが重要になるのです。

私たちの暮らしは、年齢を重ねるごとに体験したことが増え、抱えている情報量も増していくようになっています。ましてやこの4半世紀でインターネットが身近なものとなり、アクセスできる情報量は急速に増加しています。

多くのことを学び、経験し、脳に蓄積する一方で、ワーキングメモリの働きが落ち始めると、必要なときに必要な情報をうまく引き出せなくなっていくのです。

「あれ、なんだったっけ?」は認知症の始まりではありませんが、思考力や創造性、知的生産を行う力の低下を知らせるシグナルではあります。

一般的に「年を取ると新しいことを覚えられない」と言いますが、専門医として臨床の現場に立ち、脳の研究を続けてきた立場からすると、「覚えたことをうまく引き出せない」というイメージのほうがしっくりきます。ワーキングメモリをうまく使えず、脳の中の記憶をスムーズにアウトプットできない状態です。

逆にいえば、長年の経験、知識、記憶をうまくアウトプットする方法を備えている人が、「一生使える脳」を持っているといえます。

 

なぜ、ワーキングメモリを解放することが重要なのか?

続いて、ワーキングメモリを効率的に使う方法を紹介します。キーワードとなるのは、「解放」です。

先ほど簡単に触れた通り、ワーキングメモリには、処理できる情報量のキャパシティがあります。何もかも同時並行で進められるような無限の力は持っていないのです。

1990年代後半、パソコンが爆発的に普及した頃のことを思い出してみてください。

当時のパソコンはよくフリーズしました。誰しも仕事中に冷や汗をかいた経験があるのではないでしょうか。

例えば表計算ソフトで業務の数値を処理し、ワープロソフトで提案書を書き、そこに画像を貼り込みたいと思い、画像処理を行うソフトを立ち上げて写真のファイルを開いた途端、パソコンがフリーズ。画面が固まり、キーボードを叩いても、マウスをクリックしても何の反応もなく、保存していなかった作業ファイルがすべて使えなくなる……といった悲劇が、あちこちで起こっていました。

原因は、作業を行うためのメモリの容量不足。複数のソフトを使ったことで、メモリが足りなくなり、OSそのものが止まってしまったのです。

じつは私たちのワーキングメモリも似たような仕組みになっています。

仕事中、あなたが抱えている目の前の案件について報告書を書いているとしましょう。

脳内にあるさまざまな情報から必要な部分を引き出し、さらに資料や各種データを参照しつつ、あなたが取引先で受けた印象などを統合して、文章にしていきます。

これが「作業1」だとすると、そこに部下からの相談が重なり、愚痴にも似た話を聞いていると、スマホが振動。家で待つ家族から帰宅途中で日用品を買ってきてほしいというメッセージが届きます。

部下の相談が「作業2」、家族からの依頼が「作業3」。この段階ではまだあなたは真っ先に進めてしまいたい「作業1」の報告書作成のことを考えながら、部下の相談に応え、帰宅途中のルートからどこで買い物をすればいいのかをイメージすることができます。

ところが、ここに「作業4」としてクライアントからの電話での問い合わせ、「作業5」として上司からのメッセンジャーでの呼び出しが重なってきたら、どうでしょう?

・作業1 報告書の作成(パソコンを使ったアウトプット作業)
・作業2 部下からの相談(対面での会話)
・作業3 家族からの依頼(メールでのやりとり)
・作業4 クライアントからの電話での問い合わせ(電話での会話)
・作業5 上司からのメッセンジャーでの呼び出し(リアルタイムでのメッセージのやりとり)

作業は5つですが、それぞれを分解していくと処理する情報の数は膨大なものになります。これらを同時並行で処理しようと試みても、すべてに意識を向け、処理していくことはかなり難しくなってくるはずです。

前述したようにワーキングメモリが並行して処理できる情報は最大で7つ、平均すると5つ程度だといわれています。先ほどのパソコンに置き換えるなら、フリーズせずにスムーズに動かせるアプリケーションは、7つから5つだということです。

つまり、周りから見て、仕事の早い人、記憶力に優れた人は、飛び抜けて優秀なワーキングメモリを持っているのではなく、一つ一つの作業を素早く終わらせ、ワーキングメモリを解放するコツを摑んでいるのです。

ワーキングメモリは筋トレのように負荷をかけて処理能力を増やすものではなく、効率よく解放して、次から次へと新しい情報を処理することでうまく使えるようになっていくのです。

次のページ
ワーキングメモリを解放する習慣づくりに役立つ3つの方法

関連記事

×