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仕事のやりがいを何よりも重視した松下幸之助

川上恒雄(PHP研究所松下理念研究部長)

2018年03月18日 公開 2022年08月22日 更新

松下幸之助
 

気迫や熱意をもたらす

幸之助が解雇をしなかったのも驚きだが、このように店員が2カ月で在庫品を売りつくしたのも驚異的なことだった。なぜなら、年明けの昭和5(1930)年に入ってから突然景気がよくなったわけでもないからだ。むしろ悪化したほどである。

政府は不況にもかかわらず、節約を奨励していた。輸出促進、そしてそのための金本位制復帰に向けて金解禁(金の輸出解禁)を目指していたことから、金利と円を高く維持したかったからだ。そして昭和5年1月に金解禁に踏み切ったものの、タイミングが悪く、先述のアメリカにおける株価大暴落の影響で輸出が逆に減少。昭和6(1931)年12月に大蔵大臣の高橋是清が金解禁を再禁止し、積極的財政政策を発動して景気回復をもたらすまで、日本経済は恐慌の様相を呈したのである。そんな最悪の環境の中で、金解禁翌月の昭和5年2月までに在庫品を売り切った松下電器店員の販売力はすさまじいといえよう。

労働時間半減でも賃金減額なしの工員とは対照的に、休日返上で商品を売りに回る店員のパワーはどこから出てきたのか。

当時の店員は主に営業や管理部門の仕事に従事し、工場で製造作業をする工員よりも職位は高かった。賃金でみても、店員は月給制なのに対し、工員は日給制。店員には職位も賃金も高い分、経営責任が伴う。休日返上で働くぐらいは当然のことだったのかもしれない。しかし何といっても、雇用を維持するという幸之助の決断が店員の心に火をつけたのだろう。

みずからも全力で販売することに力を入れたという後藤清一は、「世間の沈滞した空気をよそに、松下電器に恐ろしいほどの気迫がみなぎった」「一人ひとりの顔に、未曾有の不況を突破していく歓喜さえうかがえた」と、当時の様子を伝えている。

一般の人なら「不況だから売るのは難しい」と考えてしまうところ、松下電器の店員は「不況だからこそ売りがいがある」という積極姿勢に転じていたのだ。

その証拠に、井植歳男が主任として着任した新設の名古屋支店が昭和五年一月、業界初の初荷を実施している。新年の開店早々、アイロンやソケット、ランプなどの初荷を貨物自動車三台に積み、市内の代理店を巡行した。派手な貨物自動車が疾走する姿に市民が驚く中、各店頭で店の家族や従業員らとともに威勢よく三三七拍子で景気づけを行ない、不況の沈滞ムードを一掃したという。

松下電器の店員はこうして力強く商売を進め、猛烈な不況の逆風を受けながらも、二カ月で在庫品を売り切った。幸之助はいう。

「断じて行なえば必ずものは成り立つという力強い信念が、この時に植えつけられたのであった。このことあって以来、松下電器の経営はさらに大きな力と信念とをもって遂行せられるようになった」

店員に何か特筆すべき営業のテクニックがあったわけでもない。「必ずやり遂げる」という強い熱意が顧客の心に伝わり、幸之助も驚くほどの成果につながったのである。
 

気分で変わる人間

30年後の昭和36(1961)年、社長から会長に退いた幸之助は、松下電器社内の講話の中で次のように述べている。

「人間というものは気分のものです。気分がくさっていると、立派な知恵才覚をもっている人でもそれを生かすことができない。しかし気分が非常にいいと、今まで考えつかないことも考えつくように、だんだんと活動力が増してくる。そこから成功の姿が出てくる。発展の姿が出てくる。さらに気分がよくなってくる。

人間の心というものは妙なもので、希望がもてたり、将来性というものが考えられると、“よし、やろう”という気分になる。そうするとまたやれるものであります。そこに考えもつかないような非常な発展があったり、発明心が起こったり、あらゆる事業遂行にいい方針が見いだされるというようになるのです」

この頃にはすでに日本を代表する企業となっていた松下電器の内部では、工場やオフィスなどの施設の改善が社員のモチベーションを高めるという声が大きくなっていたらしい。

しかし幸之助は、施設の充実も大切かもしれないが、一見すると劣悪な職場環境でも、従業員や社員が熱意や喜びをもって仕事に打ち込み、すぐれた業績を上げている会社が日本にはいくつもあることを指摘する。仕事に熱意や喜びが感じられるのは、希望や将来性があるからだ。

経営者は、日頃から従業員や社員に夢や希望を与えているだろうか。売上や利益ばかりを気にかけ、社内で働く人たちの心の動きを軽視していないか。幸之助が昭和四年の経営危機を克服した経験から学んだことは、時代を超えても変わらない。従業員や社員が仕事に対する熱意や喜びをもってこそ、巨大な力が組織に生まれ、多くの顧客の心をつかむほどの成果が実現するはずだ。

※本記事は、マネジメント誌「衆知」2017年11・12月号特集《感動を生み出す》に掲載したものです。

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