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社会

イノベーションを妨げるパワハラ上司が、バブル経験世代に多くなる理由

松崎一葉(筑波大学医学医療系 産業精神医学・宇宙医学グループ教授)

2019年01月09日 公開 2022年03月10日 更新

イノベーションの必要性に迫られた企業が着手する「クラッシャー上司対策」

一部の企業は、すでにクラッシャー対策を立てようとしている。私に相談をもちかけてくる企業は少なくとも問題意識を持っている。

本気でクラッシャー問題に取り組もうとしている企業には、ひとつの共通項がある。単なるキャッチフレーズで口にするのではなく、本当に「イノベーションを起こす」必要性に迫られている企業だ。

例を挙げるなら、化学メーカーがそうだろう。

中小規模なら昔ながらの製品をこつこつ売ることで、どうにかやっていけるかもしれない。が、大手になると、ドカーンと世界的に売れるような新製品を生み出さなければ立ち行かなくなる。化合物探索の段階から製品化までの成功確率は非常に低い。

大きな開発資金を投じ、気の遠くなるような回数のトライ&エラーを繰り返し続けて、ようやく売れるかもしれない製品ができあがる。大ヒットを期待するなら、確率はさらに低い。

資金力のある化学メーカー同士が、アタリのめったに出ない博打で競い合っているようなものだが、その確率を少しでもあげようと、各社とも必死に模索している。

そうした「イノベーションを起こす」必要性に迫られている企業に今、相談を受けた場合、私は次のように幹部たちに話している。

画期的な商品やビジネスモデルを生み出すには、今、デキる社員ばかりを重用してはいけない。

会社の組織をきちっと維持していくことに貢献するデキる社員もたしかに必要だ。だが、そうした社員ばかりが幅を利かせるような組織は官僚構造で固まってしまっているのであって、そこから新しいものを生み出す人材は出にくい。
 

若手が会社への忠誠心を持ちづらい原因とは何か

アメリカの心理学者アブラハム・マズローのモチベーション理論では、人の欲求は五段階の層からなるピラミッド形をなしており、一番下に「生存」欲求、その上に健康や金銭面などでの「安定」欲求、そのまた上に組織への忠誠や家族愛などの「所属・親和」欲求、さらにその上に、自信や達成感や地位などの「承認」欲求が位置している。

このマズローのピラミッドを理解する上で大切なのは、下位の欲求が満たされないと上位の欲求は出てこないという点である。
まず命を保障する「生存」欲求が満たされていなければ、健康や金銭面などの「安定」を欲するどころではない。

同様に、健康や金銭などの「安定」欲求が満たされていなければ、組織への忠誠や家族愛などの「所属・親和」欲求は出てこない。これは先に紹介した『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』に近い話だ。

会社勤めの人でいえば、給料がまともに支払われなければ、会社のためにはもちろん、仕事のやりがいのためにも頑張れないのである。

そして、組織への忠誠や家族愛などの「所属・親和」欲求が満たされてようやく、自信や達成感や地位などの個の「承認」欲求が出てくる。この会社のために頑張っていこうと思えてはじめて、この会社で自分が認められたい、という欲が出てくるのである。

ベテラン社員は、老後にどうにかやっていける退職金と年金がもらえる逃げ切り可能世代であっても、若手や中堅にとってそれはもう叶わぬ夢なのだ。

「安定」レベルに不安を抱いている社員たちに、会社や所属組織に対する忠誠心、仕事の達成感の喜びや出世の醍醐味をなぜ求めぬと言っても、半ば詮方ない話なのである。

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クラッシャー上司がイノベーションの芽をつぶす

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