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元全日本バレーボール代表が危惧する“指導のワナ”

緒方良(日本バレーボール協会 指導普及委員会 副委員長/三晃金属工業 取締役)&真田幸光(愛知淑徳大学教授)

2020年09月22日 公開 2022年07月08日 更新

元全日本バレーボール代表が危惧する“指導のワナ”

新日本製鐵(現日本製鉄)、そしてナショナルチームでバレーボール選手として活躍した緒方良氏。現在は、(公財)日本バレーボール協会で指導者の育成にたずさわっている。

そんな緒方氏と、国際金融論の専門家である真田幸光氏に親交があり、その縁から実現した真田幸光オンラインサロン「経済新聞が伝えない世界情勢の深相~真田が現代の戦国絵図を読む~」での二人の対談。本記事では、その対談のなかで語られた、緒方氏が考える「良い指導者」とは? というテーマについて、その一部を紹介する。

※本記事は真田幸光オンラインサロン「経済新聞が伝えない世界情勢の深相~真田が現代の戦国絵図を読む~」内で公開された内容より一部を抜粋・編集したものです。

 

良い指導者に大切な条件

「良い指導者とは?」ということを尋ねられることがあるのですが、何が良いか、と説明することはなかなか難しいものです。

私自身が良い指導者であったと断言できるわけでもありませんし、人間は経験知の中で物事を考えやすいので、「良い指導者とはかくあるべし」ということは、申し上げられないのです。

しかし、私が考える良い指導者の姿というものはあります。

良い指導者の条件の一つは、人を育てることができる、ということではないでしょうか。相手がトップアスリートであっても初心者でも、これは共通していると思います。

勝負にこだわることも指導者に大切な要素だと思うのですが、いわゆる勝利至上主義のような指導者と、根本に人を育てるという考えがある指導者では、やり方が違います。

また勝つことが目的だと、単発で1回、2回は勝てますが、勝ち続けることは難しい。勝ち続けている指導者というのは、人を育てている傾向があります。

そうした部分でいうと、靴を揃えて脱ぐことができるかどうかといった、礼儀ができているかどうかを私は大切にしていました。いくらがんばっていても、選手が靴を脱いだときに靴が散乱しているようなチームというのは、どこかでボロが出てくる気がします。

私は、そこまで徹底できませんでしたが、ある有名なバレーボール指導者は合宿所で何かいつもと違う状況があると察知する能力があり、何度も日本一の監督になっています。そういう部分がわからないと選手のちょっとした違いがわからないというのです。

そういった部分を厳しく求めていくことも指導者には必要なのだと思います。

もう一つ、私がいつも気にしているのは、「指導者が人を育てている」と驕らないことです。育つのは本人です。指導者が育てているわけでもなんでもありません。

育つのは、選手本人、指導者にできるのは、そこに栄養がいくように環境を整えるくらいです。やはり日を当てるときには、日を当ててあげなければいけませんし、ずっと日にだけ当たっているとバテてしまうこともあります。

やはり人間ですから、どんなに優秀な人でも疲れるし、ちょっと凹むこともある。凹んだときには励ます必要があるし、失敗したときにはきちんと指導しなくてはいけない。

しかし、それをやるのは本人なので、指導者にできるのは、本人がどう自覚するかという、そことの対話だけではないでしょうか。

ここを誤解して指導者が「自分中心」になってしまうと、体罰も起きます。選手が中心であったら体罰などできません。ある方は、指導者向けの講習で「子どもたちプレーヤーの頭の上には、神様、仏様がいる。そういう人をあなたは殴るのか」とおっしゃっていました。

主役は指導者ではなく選手。これは指導者として絶対不可欠の条件だと思います。

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