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「最後には必ず勝つ人」に共通する”たったひとつのこと”



2020年09月24日 公開

佐々木常夫(元東レ経営研究所社長)

佐々木常夫

仕事と家族の世話との両立を図るために「最短距離」で「最大の成果」を生み出す仕事術を極め、多くのビジネスリーダーから支持される佐々木常夫氏。そ

んな佐々木氏には自身の生き方働き方を教えてくれた言葉があるという。仕事やコミュニケーションの方法、家族との接し方など、あらゆる面で大きく変わろうとしている現在において、それでも変わらない働くうえでならびに生きるうえで大切なこととは。

※本記事は、佐々木常夫著『ビジネスマンの教養』(ポプラ社)より、一部を抜粋編集したものです。

 

一度負けたニクソンはなぜ大統領になれたのか

「人間は負けたら終わりなのではない。やめたら終わりなのだ。」

これは元・アメリカ大統領、リチャード・ニクソンの言葉です。

リチャード・ニクソンというと、民主党への盗聴事件が原因で大統領を辞任したウォーターゲート事件が有名で、ダーティなイメージがあるかもしれません。

しかし、大統領在任中はベトナム戦争でのアメリカ軍の完全撤退を実現したり、中国との国交樹立、ソ連との緊張緩和(デタント)、環境保護政策の推進など、その手腕は高く評価されていました。もし、ウォーターゲート事件がなければ、アメリカを代表する偉大な大統領の一人に名を連ねることができていたかもしれません。

このニクソンの言葉は、彼が1960年の大統領選挙でケネディに敗れたときに口にしたものです。「私はたしかに大統領選挙に負けた。しかし、これで私の人生が終わったわけではない。志を捨てたときが終わりなのだ」と彼は言いたかったのでしょう。

ニクソンはその2年後、カリフォルニア州知事選挙に立候補します。しかし、この選挙でも彼は落選してしまいます。アメリカ国民の多くは、「これでもうニクソンの政治生命は完全に終わった」と感じたはずです。

ところがニクソンの闘志は衰えず、68年の大統領選挙に再び出馬します。そしてまれにみる接戦の末に勝利して、第37代アメリカ合衆国大統領に就任したのです。

「人間は負けたら終わりなのではない。やめたら終わりなのだ」という言葉の通り、やめなかったからこそ勝ちとった大統領のイスでした。そして泥沼に陥ったベトナム戦争を終結させ、著しく悪化していた東側諸国との関係を修復するために、全力を尽くしたのでした。

 

経営危機の会社をいかにして立て直したか

私はとりわけ、「やめたら終わり」という部分に深く共感します。若いとき、同じ気持ちで仕事をしていたことがあるからです。

30代前半のときです。私は経営危機に陥っていた北陸のある大手繊維商社の救済のために、東レからその会社に出向したことがありました。その会社の経営状態は目を覆うばかりに脆弱で、やらなければいけないことは山積み。残業時間が200時間を超える生活が毎月続きました。

正直「本当にこの会社を立て直すことができるのだろうか」と途方に暮れそうになったことが何度もありました。そんな私を支えていたのが「やめたら終わり」という気持ちでした。

私たちが経営再建をあきらめれば、その会社は確実に潰れ、社員やその家族は路頭に迷います。その会社が倒産した場合、連鎖倒産が起きる可能性もあり、地域経済に与える影響も深刻になることが予想されました。だから私たちは、絶対にやめるわけにはいかなかったのです。

結局、その会社は、私が出向していた3年半の間に立て直すことはできませんでしたが、その後十数年をかけて再建できました。これは、社員が最後まで「やめなかった」からこそできたことです。

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