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【対談】養老孟司×井上智洋 「AI化は雇用創出が難しい」起こりうる“労働移動”の逆流

養老孟司(解剖学者),井上智洋(経済学者)

2020年11月13日 公開 2022年09月07日 更新

 

「AIショック」に人間の身体は耐えられるのか?

【井上】少なくとも、今のAIには意識も意志もないですからね。突然意識を持つようになる、みたいなSF的な話もありますけれども。

私はちょっと違う捉え方をしていて。人間の意志とは少し違うかもしれないんですが、例えば「アルファ碁」という囲碁に特化したAIは、囲碁の勝負に勝ちたいという、ある意味「意志」があると言えなくもない。

ただ、人間の意志と何が違うかというと、アルファ碁のようなAIは、人間が、「お前は囲碁に勝つように頑張りなさい」と目的を設定している。だけど、人間は何か一つの設定された意志を持つのではなく、生きている中で突然、ある意志を自ら持つんですよね。

AI研究者の中には、生命の根源的な意志は、結局繁殖することだと考えている人が多いんです。そうすると例えば、生存と子孫を増やすことが究極的な目標で、あとのいろんな人間の欲望とか意志というのは、その派生物でしかないという。

でも私は、そうではないと思っているんです。進化論的には、結局繁殖とか生存とかに関する欲望を強く持った種が生き残ってきたんだろうなとは思いますが、繁殖に関係ない欲望もいっぱい持っているだろうというイメージを持っています。

結局、人工知能と人間の意志や欲望の違いは、人間はまず、今のAIとは違って多様な欲望を持っているという点。それから、欲望自体が変化するということなんですよね。

それを私は勝手に「ダイナミックな報酬系」と呼んでいるんです。人間の脳の報酬系というところで快か不快かにより分けられ、欲望が生まれ、それがダイナミックにどんどん変わっていくという。

【養老】逆にコンピュータが欲望を持ち得たら、それは人間によって「暴走」と呼ばれることになる。だって、さっきから言っているように、前提は人間が作っているんだからね。

【井上】例えば囲碁のAIが、突然試合を放棄して「ボーッとしている方がいいので」と言ってボーッとし始めたとか、囲碁をやめちゃって、他に何か楽しみを見いだすなんていうことはしないわけですよね。そうなったら、反乱になる。

今のAIが、そんなに暴走する恐れがないというのは、人間から与えられた1つの意志、あるいは1つの欲望とか目的ですね、それに沿った動きしかしないからですよね。

【養老】僕はそういう議論は常に、地球上にすでに64億もあるもの(脳)なんて、今さら作ってどうするのよという話に立ち返った方がいいと思っている。すでにある脳みそだけで持て余しているんだからって。

乱暴なことを言うようだけど、なぜそこまでやる必要があるの?という疑問が、どうしても起こってきますね。特にAIに関する全体的な議論を見ていると。

予測することもできるし、論理的に考えるのは面白いから考えるのはいいんですけど、余波が大きいようなものを社会システムにいきなり持ち込むというのは、本当にそれで大丈夫なんですかと問うところから始めないと。

ちょうど遺伝子をいじるかどうかという話にも似ているんですよね。AIが社会にショックを与えるとしたら、逆に人間は、それに耐えられるようにできているのか、と問わないと。

まさに『サピエンス異変』という書籍で説明されている話です。人間が作っちゃった世界に自分の身体が適応してませんよという。だから、世界中の人が腰痛になる。僕も腰痛です。虫の観察やって、いつもパソコンの前で座っているから。

【井上】先生も腰痛ですか。じゃあ、サピエンス異変ですね(笑)。

【養老】おそらく遺伝子型というのは、我々の身体をずっと作ってきた情報系ですけど、改変するのにものすごく時間がかかるんです。1万年から100万年という単位の年月がいる。人間が登場したのは700万年前ですから。

ところが、それを補完するために、動物は何をしたかというと、神経系を作ったんですね。神経系で学習すれば、非常に早く行動を変えることができる。だから、遺伝子型が作ってきた身体というシステムと、神経系がやっていること、いわば脳が作ってきた社会ですね。これがマッチングしなくなっちゃっているんだと。

だから人間は身体の方から具合が悪くなったという点を議論した本なんですね。作者は人類の進化史の視点から俯瞰して、実に丁寧に書いています。

 

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