あなたを見下げる人は、劣等感に苦しんでいる
好かれたいのに、自慢話などして嫌われる行動をしてしまうのはなぜか?その理由は二つある。
一つは、自分の好きなことがないから。もう一つは、周囲の人と張り合っているからである。
もちろん、この二つは関係している。好きなことがないから人と張り合ってしまうのである。
欠けているところを認められないのは、「あいつに負けて悔しい」とか、「私を軽蔑したあの人が許せない」とかいう、「あいつ」や「あの人」がいるからではないだろうか?
小さいころ、あるいは大人になってから、だれかに傷つけられることを言われた。自分に欠けているところをバカにされた。
そのときの心の傷に、その後の人生を支配されてしまっているのである。自分を見下げた人を許せないのである。だからどうしても、自分に「それ」が欠けていることを認められないのである。
頭の悪いことをバカにされた。そこで、「どうせオレは頭が悪い」と投げやりになった。
あるいはことさらに、「オレは頭がいい」と周囲の人に見せる。「オレは頭がいい」と言い張る。そう見えるための努力をする。
そして、頑張って燃え尽きる。燃え尽きる人は意味のない努力をしているのである。
燃え尽きるときに、エリートコースに乗っていても意味がない。エリートコースに乗っている人が生命力があるわけではない。こうして、燃え尽きる人はいろいろと勘違いをしている。
まず、あなたの欠けているところを指摘してあなたを見下げようとする人は、ひどい劣等感に苦しんでいる。
やさしい人は心が満たされている。心が満たされている人は相手を認める。だから、あなたの欠けているところを指摘してあなたを見下げる人は、心が満たされていないのである。
その人があなたを認めないのは、その人自身が自己蔑視に苦しんでいるからだ。自己蔑視に苦しんでいる人の一言一言を、どうしてそんなにまで重要視するのか。
あなたを見下げた人は、心理的に溺れかかっている。その人はあなたを軽蔑することで、自分の心を癒そうとしている。じつは、その人と張り合っているあなたも、劣等感に苦しんでいる。
やさしい人は燃え尽きない。それは、自分の弱点をうけいれているから燃え尽きない。やさしい人の努力は報われる。
【著者紹介】加藤諦三(かとう・たいぞう)
1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。