(取材・文=青木逸美/写真撮影=遠藤宏)
快進撃を続ける畠山健二さんの時代小説「本所おけら長屋」シリーズが2021年3月25日発刊の18巻で、ついに累計150万部を突破する。
「おけら長屋」は、江戸は本所の亀沢町にある貧乏長屋で、お節介と人情で名高い。万造、松吉の"万松コンビ"を筆頭に、腕の立つ浪人の島田鉄斎や謎めいた後家のお染、典型的な江戸っ子の八五郎・お里夫婦などが集まって、年がら年中お祭り騒ぎ。金はないけど人情はたっぷりの彼らが巻き起こす騒動に、読者は笑ったり泣いたりしているうちに、なぜか心が晴れ晴れとする。
今回は、「おけら長屋」シリーズの大ファンだという女優の大塚寧々さんを迎えて、著者の畠山健二さんと、その魅力について語り合っていただいた。
※本稿は『文蔵 2022.4』(PHP研究所刊)に掲載された記事を抜粋・編集したものです。
絶妙な距離感が心地いい
【畠山】「おけら長屋」シリーズのファンだとのこと、大変嬉しいです。読み始めたきっかけは何なのですか。
【大塚】学生時代の友人が、「面白いから、ぜったい読んで!」と薦めてくれたんです。あっという間に夢中になりました。気がつくとすごく大きな声で笑っていて、小説でこんなに笑ったのは初めてです。
【畠山】どの話が一番笑えましたか?
【大塚】どれも面白くて選びきれませんが、長屋に泥棒が入る「しにがみ」(12巻)という話も好きです。泥棒に同情した女性陣がもの凄い勢いで動き出すのですが、パワフルすぎて泥棒が置いていかれちゃう。お腹を抱えて笑いました。
【畠山】ありがとうございます。いままで“笑い”に特化した時代小説はほとんどなかったので、そこを評価していただけると、すごくうれしいです。「おけら長屋」は、ただ笑って泣いて楽しんでいただくのが一番だと思って書いています。前置きもなく、いきなり物語が始まって、どんどん事件が起きていく。読みやすく、わかりやすい話を、と思っています。
【大塚】小説を読んで、ここまで強い力で一気に引き込まれたことはなかったです。とにかく登場人物がみんな個性豊か。それぞれの癖が強くて、悪さもするけど善いこともする。そのバランス感覚が魅力だと思います。
【畠山】どの登場人物が好きですか?
【大塚】誰が一番というより、「おけら長屋」という“箱”ごと愛しいです。この作品の中に入りたい。もし「おけら長屋」に空き家があったら住みたい。同じ空気の中にいたい感じです。
今の時代って、相手との距離感に気を遣いすぎて、息苦しい時もあったりすると思うんです。物が溢れていて情報もたくさんあるけど、本当に大切な事は何だろうと思うこともある。そういう時に、「おけら長屋」はいいなって思うんです。お節介で、悪ノリもするけど、大事な場面では本当に優しい。行くときは行くけど、引くときは引く。絶妙な距離感が心地いいんです。
【畠山】たしかに、今の世の中は暮らしにくいですね。人に完璧を求めすぎるんですよ。冗談が通じないし、たわいもないことで目くじらを立てる。そんな野暮なことはしないで、義理人情さえわきまえていれば、世の中、円く収まるのに。
【大塚】ここ数年、人と人との繋がりが大切だと、とても感じています。温かさ、優しさ、思いやり……その全部が「おけら長屋」にはあるんです。
【畠山】私の持論ですが、人間には「品行」と「品性」があって、酒癖が悪くて博奕ばかりしているのは「品行」が悪い人。騙したり、裏切ったりするのは「品性」が悪い人。僕が友だちにするなら、「品行」は悪いけど「品性」のいい人です。両方悪いのは駄目だし、両方いいとつまらない。「おけら長屋の肝はなんですか」と聞かれたら、僕は「住人たちは品行は悪いけど、品性はいい」と答えます。
【大塚】住人たちは人として大切なものを持っていて、何かあれば一致団結するんですよね。いいなあ。もし「おけら長屋」に住めたら、毎日楽しくて、どんどん生き生きしてくると思います。
【畠山】実際におけら長屋に住んだら、面倒くさいと思いますよ(笑)。だけど、日本人のDNAには、「長屋的生活」が組み込まれているんじゃないですかね。