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心理学者が明かす「名誉ばかり追い求める人」ほど成功が遠ざかるワケ

榎本博明(心理学博士)

2022年11月16日 公開 2024年12月16日 更新

心理学者が明かす「名誉ばかり追い求める人」ほど成功が遠ざかるワケ

一昔前まで、1つの会社で働き続けるということが当たり前だったが、若い世代では「組織の風土があわない」「専門的な技術を身に着けたい」などを理由に、気軽に転職する人が増えている。

中でも、内向的な性格の人は組織に溶け込みにくい性質を持っているため、あらゆる環境で不適応感を覚え、頻繁に転職を繰り返すという。

心理学博士の榎本博明氏は、個人の適性や興味が尊重される時代となったからこそ、会社に原因があるのではなく自分の性格的特徴からくる違和感かもしれないと一度立ち止まって考える必要があると指摘します。

※本稿は、榎本博明著『そのままの自分を活かす心理学』(PHP文庫)から一部を抜粋し、編集したものです。

 

職場への不満の原因を探る

「今勤めている会社は、どうも自分には合わないようだ」という者は、けっこう多いものだ。転職情報誌の固有名詞が日常用語として使われる風潮のなかで、ひとつの職場に忍耐強く勤務するという発想は薄れつつあるようだ。

気軽に転職できる時代。いったん就職したら、どんなに自分に合わない職場であってもとにかく我慢して定年まで勤めるよう努力するべきだ、そうでないと骨のないいいかげんな人物とみなされる、というような時代と較べて、個人の適性や興味がはるかに尊重されている。

自分により適した仕事や職場を求めてさまようことは、フラフラしているとマイナスに見られるとは限らず、安易に妥協しないまじめな姿勢ととられることもある。

だが、そこに内向的人間にとっての落し穴があるのだ。内向的人間は、本来組織に溶けこみにくい性質を持つ。どんなにぴったりと思われる会社に入ったとしても、必ず何らかの不適応感に悩まされるものだ。

転職ばやりの風潮に乗せられて安易に青い鳥を求めても、なかなかうまくいくものではない。新しい環境への適応が悪いのは性格からくるものだ。

今の会社が合わないと思う感覚も環境=会社に原因があるのではなく、自分の性格的特徴からくる違和感かもしれない。

どんな会社に移っても、組織の論理と個人の論理が一致することは、まずないといってよい。利潤追求を旨とする企業の論理に、理想主義的傾向を持つ内向的人間が心底適応できるとは考えられない。

営利を目的とする企業に限らず、組織のなかで自分を生かそうとすれば、個人のレベルでは必ず矛盾を生じるものだ。自分の意志を持つ人間であれば、組織のなかの役割に何の抵抗もなく溶けこめるほうがおかしい。

それでは独立すればよいと思うかもしれない。独立すれば、社内のわずらわしい人間関係からは解放され、組織のトップの方針とのギャップに悩む必要もなくなる。自分の方針通りに動ける。

だが、今度は対外的な関係に悩まされることになる。他の組織なり個人なりに自分を売りこみ、仕事を獲得し、よい関係を維持することに腐心しなければならない。

今の会社はどうしても合わないと感じている人は、今の職場を全否定する前に、何が不満なのか、他の職場ならそれは満たされるのかを具体的に検討してみよう。職場から逃避せずに、性格としての不適応感を抱えつつ自分を生かすことを考えたい。

 

出世よりも「実務能力」を磨く

最近の若い世代では、専門職志向が強まっている。地位を得るより能力を磨く仕事につきたい、多少収入は少なくとも自分の専門を生かせる職につきたい、社内での評価に関係なく実力を養っていきたいなどという新入社員の声にそれが反映されている。

生活の豊かさが人々の心にゆとりをもたらしたということだろうか。社内人事に目の色を変え、上役のご機嫌をとるのに右往左往するような生き方の貧しさは、だれの目にも明らかのようだ。

その点、内向的人間にとって生きやすい世の中になってきたと言える。調子よく上役にとりいる者をうらやましく思う者もあるかもしれない。

だが、昇進にこだわって権力者の間を行ったり来たりしている者は、上の都合に振り回されるばかりで、何を仕こむこともなく時を過ごしてしまう。便利屋として登用されても、トップが替わったり派閥力学が崩れたりすれば、何の特技も実力もない無用者と化すのがおちだ。

それに対して、仕事に真剣に打ちこむ者は、上の都合に関係なく地道に実力をつけていく。真剣に打ちこむというのは、与えられた職務をこなすだけでなく、日頃から自分なりに専門的知識を広め、深めたり、技術を磨く努力を自発的に心がけることを言う。

こうした努力をしていれば、実力以上に登用されたりひいきにされたりしてよい目に会うことはなくとも、いずれ実力を正当に評価され、ふさわしい仕事を手にするチャンスもふくらんでくるはずだ。

これからは個人の能力が求められる厳しい時代に突入する。社内遊泳術だけで出世街道をお茶を濁しながら登ってきた者には、倒産、合併、出向などの荒波を乗り越える実力が備わっていない。

アメリカほどの契約社会、能力主義にはならないとしても、専門的知識や技能に優れた者を契約社員として迎えたり、社内の人間でも上下の分け隔てなく有能な人間をピックアップしてプロジェクト・チームを組んだりするのは、すでに珍しいことではない。

そうなると、社内の人間模様に詳しいだけの単なる政治屋や口先だけのお調子者の活躍の場は限られてくる。

逆に社内遊泳術しか得意ワザのない昇進志向の強烈な者ばかりが出世をし、仕事志向の人間を正当に評価しないような会社なら、こちらから見限ってもよいだろう。実力さえ培っておけば、いざというときは新天地を求めることもできる。

ただし、仕事志向といっても、お調子者になる必要はないということで、周囲の者との人間関係をきちんとやりくりしていくべきことは自明の理だ。偏屈者として孤立していては、いくら専門的な力を身につけたところで、だれも評価してくれない。

それさえ気をつければ、力を蓄えているという自信は、自然に周囲の者に伝わり、実力にふさわしい評価ができあがってくるものだ。

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