「自律的に考え行動した働き」を振り返らせよう
私が前職でITエンジニアのキャリア支援サイト「Tech総研」の編集長だった時の印象深いエピソードを紹介しよう。ITの現場で働く人たちへの取材の中で、業績評価による金銭的報酬とモチベーションが単純な相関関係にはないと知ったのだ。
業績評価が良く、ボーナスも増えるのに、あまりモチベーションが上がらないITエンジニアたちがいる一方、不可思議なことに、業績評価は芳しくないのに、やる気に満ちあふれているITエンジニアたちがいたのだ。
インタビュー対象のITエンジニアに共通していた点は、専らクライアント企業に常駐して働き、上司と職場が一緒でないことだ。日常的に上司に仕事ぶりを見られる機会がなく、評価は自分が担うシステム開発業務の節目の結果による場合が多い。
そのため、上司に高評価を受けた部下でも「たまたま業務の節目で高い成果が出ただけ」「プロセスを見ずに、結果だけの評価は、あまりうれしくない」と言うのだ。
一方、業績評価が低いのにやる気に満ちあふれたITエンジニアたちの典型的な声は、次のようなものだった。
「確かに今期の評価は非常に厳しく、昇給も難しい。でも自分で納得した目標に対し、自分が考えたやり方の結果だ。常々、上司とよくコミュニケーションが取れている。目標に届かなかったのは事実なので、評価には納得している。その上で、この学びを来期にどう活かすか上司としっかり話し合ったので、来期は挽回したい」。
すなわち、大切なのは報酬水準の高さ以上に、上司の評価にいかに部下が納得できるか、言い換えれば、評価の前後に上司が部下にいかに関わるかだったのだ。
上司が部下の仕事に関して期初の目標設定と進め方を部下自身に考えさせ、納得と合意の上で部下に任せる。その上で、終えた仕事の出来栄えが、高く評価されて高い金銭報酬を受けようが、悪い評価となり低い金銭報酬になろうが、部下の成長の視点から下したものと部下に伝わるなら、部下は納得するということだ。
重要なのは、現時点の評価を踏まえ、今後どうするかを上司と部下が共に考えること。そして、上司は部下の働きがいと成長の支援者であると部下に感じさせることだ。部下が自律的に考え行動した働きを振り返らせ、部下自身の成長の糧にすることが、上司の大切な役割である。
部下を信じて仕事を任せ「成長マインドセット」を育てる
アメリカの心理学者キャロル・S・ドゥエックは、自身の20年来の研究を踏まえ、人の成長を考える際に、その人自身の心の持ち方(マインドセット)の違いが成長力を大きく左右すると主張した。
「人の能力は石版に刻まれたように変わらない」と信じる人を「固定マインドセット」とし、「人間の基本的資質は努力しだいで伸ばすことができる」との信念を持つ人を「成長マインドセット」とし、このマインドの違いが本人の成長を変えるとした。
固定マインドセットの人にとって能力は固定的。故に、自分の賢さ、才能、価値を実証できれば成功だが、つまずいたら失敗だ。落第点を取る、試合に負ける、会社を解雇される、人から拒絶されるなどは、すべて能力や才能がない証拠。挫折と同様に努力さえも忌まわしい行為だ。
なぜなら、そもそも能力が高ければ努力や苦労の必要はないからだ。固定マインドセットの人が失敗や挫折を経験すると、「自分は完全なダメ人間」「負け犬」「価値のない最低の人間」などと感じ、自分の限界だと諦める。そして、無力感に陥り、再起・成長のための努力や工夫を放棄しがちだというのだ。
一方の成長マインドセットの人は、持って生まれた才能、適性、興味、気質は一人ひとり異なるが、努力と工夫を重ねれば誰でも大きく伸びていけるという信念を持っている。
失敗とは成長の努力が足りなかった結果。だから、うまくいかないときには、それはなぜか、どうすればうまくいくか、そのために自分はどうすべきかを粘り強く考える。こうして成長マインドセットの人は、さらにチャレンジを重ね、人生の試練を乗り越える力を発揮して、より成長していく。
ドゥエックは、さらに親などの支援者や教師などの教育者が、まず成長マインドセットであることが大切だとする。「人は変われる」という信念を持ち、相手の成長を信じることだ。
そして、相手の内省を促しながら、相手自身が成長マインドセットを持続できるように支援することが大切となる(キャロル・S・ドゥエック著、今西康子訳『マインドセット「やればできる!」の研究』草思社、2016年)。
以上、デシやドゥエックに学ぶべきは、部下への金銭的報酬以上に、本人の働きがいと成長を支援することによる内発的動機づけが重要であるという点である。