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『どうでっか? もうかりまっか?』 大阪国税局の税務調査官に見る大阪弁テクニック

札埜和男(龍谷大学文学部教授)

2025年08月08日 公開

『どうでっか? もうかりまっか?』 大阪国税局の税務調査官に見る大阪弁テクニック

2018年11月25日、2025年の万博誘致を勝ち取ってパリから帰国した松井一郎大阪府知事(当時)が、「ええおっさんがみんな立ち上がって自然と抱き合ってしまうんやから、むちゃくちゃうれしかった」と大阪弁丸出しで述べ、そのコメントがテロップで流れた(日本テレビ「NEWS24」)。
行政の長の方言使用には、方言を使って市民に親近感を抱かせる戦略が見え隠れするが、この松井前府知事の大阪弁使用にはそういった戦略の意図ではなく、素直にそのまま感情を吐露する大阪弁だったと思われる。
政治や議会、司法、行政の場でも大阪弁は健在である。

本稿では、行政の中でも税を所管する税務調査官の大阪弁について、龍谷大学文学部教授の札埜和男さんに解説して頂く。

※本稿は、札埜和男著『大阪弁の深み』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

 

大阪国税局の調査能力が一番高い理由

「税金」を扱う行政の現場で、方言はどのような機能を持つのであろうか。関西の税務署や大阪国税局に勤務した経験を持つ、大阪府出身のZ氏にインタビューを行なった(インタビューでは「関西弁」と称したので、そのように記述しているが、「大阪弁」と言い換えても差し支えないと考えられる)。

Z氏によれば税務は他の行政サービスとは本質的に性格が異なるという。氏は納税者を「お客さん」と呼ぶ。

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書類不備であれば、取りに帰って、と言えるわけです。税金の徴収はそういうわけにはいきません。書類の書き方わからへんかったら教えますし、来た時に帰したらあかんのです。書類不備ですと言うて帰したら二度と来ません。後で払うわと言われてもいつ払ってくれるかわかれへんのです。今払わさんとあかんのです。ですから役所で一番親切です。

我々の手法にも『現況調査』といって任意調査はありますが(筆者注:強制調査は国税局査察部のみ)、別に捜査令状を持っているわけではないんです。任意ですから相手の同意がいるんです。お客さんの協力がない限りビタ一文取れないのです。したがってコミュニケーションの位置づけも異なります。役所の中でどんなことばを遣おうがそんなことはどうでもいいんです。それはウチ向きの話です。お客さんいててのソト向きの仕事なんで、用紙がないという声を聞いたら、用紙ありますよ、とこちらから持って行きます。お客さんが情報をくれない限り動けないのです。

方言の入り込み方も違ってくると思います。我々は納税者からしたら来てほしくない嫌な相手です。中小企業の社長や小売の経営者からしたら自分の財布に手を突っ込まれるようなもんです。でも個人の懐に入り込む時に方言を使うのは有効な手段です。ビジネス上の共通言語は、ずっと商売されているかたを対象とするので、関西弁です。話の枕でいかにうまくコミュニケーションをとってどんな人間関係を築くかです。

ですから、冒頭に『どうでっか? もうかりまっか?』『ぼちぼちでんな』という会話をするのは普通です。半日かけて通常のお金の流れを把握して、イレギュラーの箇所を書類から見つけるのですが、方言を使ったほうが本当のことを言いますね。
『どうしてですか?』より『あんた、言ってること、違うやん? なんででんねん、社長? なんでこんなことしまんねん?』というふうに、意図して方言を使います。
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商売人の共通言語を使いながら相手を怒らさないように会話を継続し、税を納めてもらう方法はビジネスそのものといえるだろう。

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むりやり追徴して会社を潰したらだめなんです。灰色の部分などは相手にも言い分があります。(追徴の)100見つけたら、(全部払って会社が潰れる場合など)『50は今払うてや。50(期間損益のずれなど)は今度しっかり儲けて(納税)し直してや』と関西弁で入って、同じビジネスの土俵で勝負してビジネスのセンスの範囲内で話をつけていかないと相手は納得しません。納得させて正しい方向へ導くというか、納得ささなあかんところが他の行政と違うところでしょう。

租税法律主義ですから、負けてあげるとかひどく取られることもないですが、ある意味一番融通のきく役所やと思います。方言で相手の世界で情報収集して調査を進めていく役所ですね。ちなみに大阪国税局は調査能力が一番高いんです。それは関西弁という商人とのコミュニケーションツールを持っているから、方言が効いているのかもわかりません。東京は権利意識が強いから標準語で法律でバシバシ割り切る。税の世界の文化の違いでしょうか。
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税務の大阪弁と商談の大阪弁の共通点

大阪弁は「笑い」とつながるが、調査の現場にも笑いが生まれるという。「『机開けていいですか』と言うと『いやです』と言われるので、『(机)開けるで~』と笑いを入れながら調査します」。大阪弁で言うと返事をする前に開けているが、拒否はしてないことになる。早く打ち解けて早く本音を引き出し、相手の隠すことをどこまで掴むか、些細な情報をすくい上げるのに大阪弁は「武器」となる。納税者との関係は権力を抜きにした信頼関係であり、一つのビジネスをどうやって続けていくか一緒に考えていくビジネスパートナーとしての横の関係である。

「どうしたらよろし?」
「契約をこう変えたら? こういう取引やったら、いらん税金払わんでいいですよ。今度からそないしなはれ」
というふうに、納税者に喜んでもらうという。

税務の現場の大阪弁の機能は商談の大阪弁の機能と似ている。「話を途切らせない継続機能」、「角を立てない喧嘩防止機能」、「自分を鼓舞する機能」、「仲間意識を共有する機能」「利益につながるコミュニケーション機能」の5つを挙げた。

税務職員は、話を切って帰らせたり相手を怒らせてしまうと、情報をもらえないどころか、納税もしてもらえない。ゆえに人間関係を築き情報を引き出すために商売人の共通言語である方言を駆使して同じビジネスの土俵に立ち、交渉したり相談にのりながら納税をさせていく点で、商売人と同じであるといえよう。その点において税務の大阪弁は「自分を鼓舞する機能」を除いて商談の大阪弁同様の機能を持つと同時に、「情報収集機能」「コンサルタント機能」を持つといえるだろう。

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