70歳目前で夫の不倫・離婚 102歳の医師が語る、どん底で出会ったもう一人の自分と「光の決意」【後編】
2026年03月30日 公開
人生には、これ以上耐えられないと思うほどの出来事が突然訪れることがあります。医師のグラディス博士は、46年連れ添った夫に不倫されたあげく、離婚を申し渡されてしまいました。従順なよき妻でいようと努力した結果の裏切り。信じていたものが崩れるとき、人はどのようにして立ち直るのでしょうか。
本稿では、幸せな人生を送るための哲学を『102歳の医師が教える 健康と幸せを保つ秘訣』に綴った医師のグラディス博士が、大きな試練と向き合い、どのようにして自分のマインドを立て直していったのか語ります。
※本稿は、グラディス・マクギャリー著『102歳の医師が教える 健康と幸せを保つ6つの秘訣』(&books/辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものの後編です。
「誰かを理解したかったら、その人の靴を履いてみることよ」
その日の夜、ビルはゲストルームに移動し、その後まもなく家を出ていった。
出ていくときには、自分のものは、ほぼすべて持っていった。戻ってくるつもりがないことの、意思表示だったのかもしれない。残していったもののひとつが、例の古いスリッパだった。彼が去ってから、うめきながら、泣きながら家のなかを歩きまわった。不安に閉じこもらないように、 身体を動かそうとしていると、スリッパが目に入り、まるで私にウィンクしているように感じた。
とうとう、グラディス博士が声をあげた。「いいこと、グラディー、ママがいつも言っていたでしょ。誰かを理解したかったら、その人の立場になって考えてみることって。その人の靴を履いてみることよ。ビルのこと、わかろうとしてみて」
そのアドバイスに従うには、持てる生命力のすべてを動員する必要があった。
そして彼のスリッパを履いて1日中歩きまわり、夜になって目的もなく、庭に出た。そこでとまり、吠えた。
怒りの叫び、そして新しい未来の予感
数カ月がたち、ビルからまた手紙を受け取った。今度は郵送で、結婚式の招待状だった。彼と、例の看護師から管理者になった女性との結婚式。私たちのものだったクリニックの管理を彼女に任せ、ふたりで運営していけるように、私は去ることを余儀なくされていた。結局のところ、彼の魂はそれほど長くひとりでいなくてもよかったようだ。
疑ってはいたものの、単なるいい友達だという彼の言い分を、ずっと信じようとしてきた。それに私たちの結婚は盤石だと思っていた。あらゆる面で、真のパートナーだと感じていた。彼が別れを選んだことでそれは崩れ、あの招待状を送ってきたことで、理由もはっきりした。結婚していた数十年間は茶番のように感じられた。これほど傷つき、屈辱を感じたことはなかった。
よりによって、彼が招待状を送ってきたのは、私の新しいクリニックだった。私は歯を食いしばってその日を乗りきった。でも帰り道、ハンドルを握りしめてハイウェイを走りながら、叫びはじめた。庭で、身体のなかから出てきた苦悩のなげきではなかった。もっと深いもので、うめき声から、うなり声、咆哮へと変わった。それは怒りだった。運動場で右フックに込めたのと同じ怒り、生き延びるために闘うことを要求したのと同じ、純粋でシンプルな怒りだった。神様に向かって叫び、ビルに向かって叫び、宇宙に向かって叫び、人生そのものに向かって叫んだ。十分間くらい、叫び続けた。もうやめられないと思った。やめたくないと気づいた。
それから、叫びはじめたのと同じくらい突然、私はとまった。
その瞬間、何か未知のものがやってくるのに気づいた。グラディス博士が現れて、主導権を握ったのだ。それまで、私の将来はビルと結婚していることだった。だが今、想像もしていなかった未来が目の前に開けたのだ。そしてその未来には、私が感謝するに値するものがあった。この先にはチャンスが待っている。この経験には、何か学びがあった。その"何か"がなんなのかは、その時点では見当もつかなかったけれど。
「幸せでいること」を選ぶという決断
シルクのようにやわらかくて強い、母のことを思いだした。大学時代、他の女の子たちからなんと呼ばれていたかがよみがえってきた。"ハッピー・ボトム(幸せなお尻)"。名前の"Gladーass(グラッド・アス)"の意味を取って、少し上品な言い方にもじったものだ。ビルの決断を変えることはできないが、こちらの反応を変えてglad(幸せ)でいることはできる。「何かしら感謝することはあるものよ。この状況でも」グラディス博士がカウンセリングを行い、グラディスは車の運転を再開した。数日後、新しいナンバープレートを申請した。その後何年も、私の車のうしろについていたものだ。"BE GLAD(幸せでいること)"
フェニックス都市圏を縦横に、車を走らせた。結婚の解消が公になったにもかかわらず、感謝していた。そして娘のヘレンと始めた真新しいクリニックの駐車場に車をとめた。私自身は一般的には引退する年齢をすぎていたが、ヘレンなら個人ローンを組めたのだ。何をすべきかわかっている自分に耳を傾け、学びを見つけ、人生は続いていくのだと悟った。
どれほど打ちひしがれていても、どうすればいいのかわからなくても、私たちのなかにはどこかしら、はっきりと何をすべきかわかっている部分がある。人生が何を投げこんできても、必ず小さな声が導いてくれる。私はその賢い自分を、グラディス博士と呼んでいる。あなたは自分を導く声を、好きな名前で呼ぶといい。でもあなたのなかにも必ず存在している。それだけは保証する。私たちはそれぞれに、もう無理だと思う瞬間を、乗りこえる知恵を持っている。それを信じることが大切だ。
人生でもっとも困難な試練に直面したとき、私たちの生命力を再び燃えあがらせるのは、車のなかで私が体験したようなことだ。知恵を求め、どれだけ傷ついていても学びを探すことだ。体験すると、それとわかる。気分が高揚し、飛び跳ね、突然動きに自由を感じる。計り知れないパワーを感じる。実際にそのパワーがあるからだ。
そして人生は、続いていく。もう無理だと思う前と変わらない。新たな課題が現れ、私たちは光を選ぶという決意の前で揺らぎ続ける。選択した瞬間に、一気に治癒はしない。それは進行していくプロセスだ。でも進んでいくにつれ、魔法のようなことが起こる。過去の痛みから、多くのものを引きだせるようになるのだ。古い傷跡からも学び続けることができ、次に起こることにどう対処するかに影響を及ぼす。







