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ローカルアベノミクスで地方は再生するのか〔1〕

若田部昌澄(早稲田大学政治経済学術院教授)

2015年03月13日 公開 2024年12月16日 更新

《PHP新書『ネオアベノミクスの論点』より》

 

ローカルアベノミクス
2つの課題

 ここにきて大きな注目を浴びているのが「ローカルアベノミクス」、または「地方創生」と呼ばれている地方活性化政策です。2014年9月に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され、今後5年間で取り組む総合戦略の策定を行うことが発表されています。2060年に人口1億人を維持し、東京への一極集中を是正することが目標になっていますが、第三の矢がそうであるように、こういった政策の効果発現には時間がかかるものです。ただ、長期的なビジョンを持つこと自体は悪いことではありません。

 具体的な政策として打ち出されたのは、たとえば東京などの本社を地方に移転した場合に土地・建物の取得費用の一部を下げる、あるいは地方で従業員を雇用した場合にはまた減税をするといった法人税減税措置です。

 この政策の問題は、2つの問題が重なっていることを1つのやり方で解決しようとしている、ということです。つまり、人口減少と地域間格差拡大という2つの問題を、都市から地方への人口移動で解消しようとしている点です。東京に代表される人口過密な都市では出生率が低下し、地方ではそうでもない。だから都市から地方へ人を移動させればどちらも解決するはずだ。総合戦略はそのように言っているように映ります。

 ただ、生産性を向上させてもっと多くの富を生み出せるようにすることと、人口減少の歯止めには、それぞれ別の処方箋を充てることが必要であるし、可能だというのが私の考えです。

 

都市への集積が生産性を高める

 まずは生産性への処方箋を考えてみましょう。基本的には都市化と生産性向上には切っても切り離せない関係性があります。

 エンリコ・モレッティ『年収は「住むところ」で決まる』(池内千秋訳、プレジデント社)はやや扇情的ともいえる邦題ですが、本のなかでなされている分析はまっとうです。経済のなかで製造業が占める比率が低下している現状で、イノベーティヴな産業は人的資本や投資が集中し産業が集積する都市で起こるというものです。イノベーティヴな産業ほど、人と人が直接会える環境にあることが重要だという議論で、それにより知識が集積し、新しいイノベーションが生まれると指摘しています。1990年代にはITの発達でリモートオフィス化が進み、どこにいても人はイノベーティヴに働けるとさかんに言われたものですが、シリコンバレーがいまだに「IT」産業を惹きつけ集積させていることを見れば、その予測が外れてしまっていることは一目瞭然です。

 この議論を違う角度から行っているのが、エリク・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーの『機械との競争』(村井章子訳、日経BP社)です。機械の発達で、人間による労働が不要になる「技術的失業」がこの本のテーマですが、根幹にあるのは、コンピュータ化によって技能が両極化していくという認識です。ひとつはコンピュータとのインタラクション、つまり機械と人が相互にその能力を引き出し合うようなイノベーティヴな産業と、他方で医療や介護、保育といったコンピュータに置き換えがきかない産業に分化していくというのがこの本の骨子ですが、両者とも人と人の接触はますます不可避になっていきます。

 つまり、機械化の進展はむしろ人の集積を加速していくので、人が集まる都市の生産性が高くなるのは不可避であることが見て取れるのです。

 

地方分権と個人への再分配で地方を救え

 じつは地方創生推進の根拠となった、増田寛也「増田リポート」(『地方消滅』中公新書)でも、人口集中の必要性と地方における都市への集住は前提となっています。その上で地方でも残る産業として医療や介護が挙げられているのですが、それらをどうやって維持するかというところまでは議論されていません。他方、都市から地方へ富を移すことで維持するという発想は、田中角栄の「日本列島改造論」にも似たところがあり。中央集権的な差配の色が濃い印象です。つまり、これにもまたクローズドレジーム的な発想が見られます。

 地方の生産性の向上には、別の処方箋も描けるのではないでしょうか。ひとつはやはり第一、第二の矢のマクロ政策で、国全体の富を底上げすることです。リーマン・ショックの前まで、円安のおかげで地方には工場が誘致されました。その工場が円高で海外に移転してしまったことが、現在の地方の苦境の一因となっています。が、もちろんマクロ政策だけでは十分ではありません。マクロ政策の恩恵は、そのままではすべての地域や世代、業種に均等に及ぶわけではないからです。

 均等化のひとつのアイデアは、地方分権化です。国レベルでの産業政策については私は懐疑的ですが、地方ならば、現場に近いかぎりはうまくいくこともあるかもしれません。地方を再編しそれぞれの地域の生産性を上げるための産業育成を、地域の単位で行うこと、地域のイニシアチブを強化することは有力なアイデアです。にもかかわらず、増田氏の本では地方分権化は否定的に扱われていますし、総合戦略においても霞ヶ関から地方自治体に人を送り込むなど、中央集権的な発想が垣間見えます。

 ある業界のなかでのイノベーションは、役人ではなくその産業のなかにいる人から発想されるのと同じで、地域の活性化策はその地域の現実を知っている人でなければわかりようがありません。実際に、アメリカなどでの産業育成は中央政府の統制ではなく各地域への権限移譲で行われ、成果を挙げていますが、日本では地方への権限移譲は進んでいません。よく言われる「3ゲン」、権限、財源、人間を地方に移譲し、地方に任せる発想が必要に思われます。

 成長産業はすぐに頭角を現すものではありません。さまざまな民間主体の試行錯誤の末に、成功するものがいくつか出てくるのです。そのために、規制緩和を進めて新規参入者を阻害せず、一度の失敗で終わりにならないような競争環境を整備することが求められるのです。地域間の創意工夫による競争に対して、国の介入や阻害が起こらない改革が必要です。

 とはいえ、地方間で競争すると地方ごとの格差が生じるのは厳然たる事実です。ですから、これによってうまくいく地域はそのままで、そうでない地域には多少国からのケアを行う、これが中央政府のやるべきことだと考えます。分権により採算が取れるところと取れないところは出てくるでしょうが、採算が取れるような地方の再編と合わせて非採算地域には減税などの手当てをすることが望ましいでしょう。

 負の所得税に代表される個人ベースの再分配を中心としつつ、ケアとしての地域間再分配を組み合わせること、現行制度で補助金を出している分野を減税などに切り替えていくという方向性が、地方活性化には求められるのです。

<註:「負の所得税」とは、所得税の累進をマイナス方向まで拡大し、一定水準よりも所得の低い人にマイナスの累進税、つまり国からの給付をする制度>

 

<著書紹介>

ネオアベノミクスの論点
レジームチェンジの貫徹で日本経済は復活する

若田部昌澄著本体価格840円

再起動した安倍政権は経済成長や格差解消を実現できるのか。リフレ派きっての論客が、総選挙後の日本経済のゆくえを斬る!

 

 

 

著者紹介

若田部昌澄(わかたべ・まさずみ)

早稲田大学政治経済学術院教授

1965年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学術院教授。1987年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院博士課程単位取得修了。ケンブリッジ大学、ジョージ・メイソン大学、コロンビア大学客員研究員を歴任。専攻は経済学、経済学史。著書に『危機の経済政策』(日本評論社、第31回石橋湛山賞)、『解剖アベノミクス』(日本経済新聞出版社)。『改革の経済学』(ダイヤモンド社)、『もうダマされないため
の経済学講義』(光文社新書)など多数。共著に『昭和恐慌の研究』(第47回日経・経済図書文化賞)『伝説の教授に学べ!』(以上、東洋経済新報社)、『リフレが日本経済を復活させる』(中央経済社)、『日本の危機管理力』(PHP研究所)などがある。

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