“嫌われる勇気”を生み出した「本の読み方」
2019年11月05日 公開 2024年02月16日 更新
8年かけて読んだプラトンの著作がアドラー研究の土台にもなった
── 岸見さんはプラトンやアドラーの著作を翻訳する際に、著者と対話をしているとありました。「この本との対話は最高の読書体験だった」という本を教えていただけますか。
プラトンが最晩年に書いた未完の対話篇、『法律』です。プラトン哲学の集大成といえます。私は大学時代、ある医大の先生が主催していた読書会に参加し、『法律』を8年かけて読みました。
1回あたり読み進めるのは3ページ。ギリシア語ですので、それを読み解くには多くの注釈書や翻訳を参照する必要があり、予習のためにかなりの時間がかかりました。
プラトン哲学からの大きな学びは私には2つあります。1つは「目的論」です。善(幸福)を願わない人はいないとプラトンは考えています。ただし、幸福という目的を達成するときの手段の選択を誤ります。私がのちに学ぶことになったアドラーもこの目的論に立ちます。
2つ目は「イデア論」です。プラトンは、この世のいかなるものも完全ではないと説いています。この世のものを誤って絶対化することから人間の誤りが起こります。
このようなことをプラトンの書いた対話篇を読んで学んだとき、それまでの私の生き方が変わらないわけにはいきませんでした。本を読むことは人生を変えるのです。
2000年以上の時を越えて、『自省録』が教えてくれたこと
── 著書の中の「広い意味での哲学の本は、自分の生き方を吟味することを迫り、それまでの生き方を変える力があります」という一節に、胸を打たれました。岸見さんにとって、「それまでの生き方を変える力があった本」は何でしたか。
多数ありますが、1冊挙げるとしたら、ローマ五賢帝の一人、マルクス・アウレリウスが書いた『自省録』です。私が大学院生になったばかりの25歳のとき、母親が脳梗塞で倒れました。
夜中の12時から夕方18時まで、病床にあった母の付き添いをし、夕方父親に看病をかわってもらう間に眠る。看護の合間に、研究に遅れてしまわないかと心配しながらギリシア語の本を読む。そんな生活でした。
そんな折に『自省録』を読んで、ハッとさせられたのが、「お前自身には成し遂げ難いことがあるとしても、それが人間に不可能なことだと考えてはならない」という言葉です。母を看護することはつらかったです。「お前」というのは、アウレリウスの自分に対する呼びかけですが、私はアウレリウスから次のように呼びかけられた気がしました。
「親が病床で弱っていくのを見ているのは耐えられないと思うかもしれない。たしかに苦しいことだけれども、親を亡くした子どもはお前だけではない。人類はすでに何度も乗り越えてきているのだから、お前だって乗り越えられるのだ」。
2000年以上前にローマの地に生きたアントニウスが、まるで時空を超えて語りかけてくるようでした。この本が力となり、母の看病をし終えることができたと思っています。
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読み手の成熟がなければ、名著を名著として感じ取ることはできない