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反対派も多い“男性育休の義務化”…「人事部の本音」は?

小室淑恵

2020年10月17日 公開 2022年08月01日 更新

反対派も多い“男性育休の義務化”…「人事部の本音」は?

義務化の是非が話題の男性の育休。専門家によれば、実は2019年から企業側にも大きな変化が起きているという。反対の声も多く聞かれる「義務化」、企業や人事部の本音は…?

本稿では、『男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる』(PHP新書、小室淑恵・天野妙の共著)から、内容を抜粋してお届けする。

 

2019年に起きた、社員評価の「一大ルールチェンジ」

これまで男性の育休に消極的だった企業側に、近年大きな変化が見られるようになりました。働き方の変化によって、男性育休義務化の議論が数年前に比べてずっと現実的になってきています。

大きな転機となったのは、2019年の労働基準法改正です。70年にわたる労基法の歴史において初めて「残業時間に法的な上限ができた」のです。

この法改正により、残業時間の上限が原則として月45時間・年360時間とされ、36協定(時間外・休日労働に関する協定届)を結んだとしても、単月100時間が上限であり、2~6カ月平均で80時間を下回っていなければならないという明確な基準が設けられました。

労働時間の上限は、それまでは「厚生労働大臣告示」で定められており、厳密に言うと法的強制力はありませんでした。それが今回初めて法律に格上げになったことによって、企業が法律違反をした場合は懲役または罰金と、厳しい罰則が定められることになりました。

この法律と、男性育休はどのような関係があるのでしょうか。ひと言でいうと、この法改正によって大きなゲームチェンジが起きたのです。

企業組織は決められたルールの中で最も利益を出してくれる人材に一番良い評価を付けます。労働時間の上限規制ができる前は、企業において「優秀な社員=際限なく働いて仕事の量を一番高く積み上げてくれる人たち」でした。この評価形式を「期間当たり生産性」と筆者は呼んでいますが、月末や年度末までの一定期間の間でどれだけの仕事をしたのかを問う評価形態です。

誰が考えても分かりますが、期間内で最も量を積み上げるために簡単な方法は、1日当たりの労働時間を際限なくつぎ込むことです。つまり、期間当たり生産性の評価の中で勝つには、毎日どれだけ寝ずに残業できるかが、勝敗を分けるのです。

チームのリーダーはメンバーをいかに残業させてチームの総量を積み上げさせるかが自分の仕事になりますから、残業できるメンバーの評価を高く付けて労働時間で競わせるような風土を作ります。

こうなると、出産や育児・介護などのライフイベントで時間に制限が生じる可能性のある人材はとにかく排除したい、発生させないようにしたいというマネジメント側の心理が働きます。

このような時代においては、人事部の仕事というのは、各部署のマネジメントが「育児・介護中人材」を嫌がり排除しようとするのに対して、いかに「保護する制度」を作って各部署に「いさせてもらうか」を考える必要がありました。

ところが、労基法が改正され、ゲームのルールが変わったのです。厳格な労働時間上限ができたことにより、もし破れば案件に入札できなくなる、罰金を払う、法廷に立つ……ということになるわけですから、「優秀な人材=限られた時間のルールの中で最大の成果を出せる人たち」となったのです。

この評価形態を筆者は「時間当たり生産性」と呼んでいます。「積み上げた仕事の量」で評価するのではなく、その分母に「時間」を入れて、時間当たりの成果で評価をすると、社内の人材の評価ランキングは大きく入れ替わります。

 

「時間当たりの生産性が高い働き方」にシフトするために

こうなると、人事部の仕事も大きく変わります。それまでは時間に制約のある人が「問題」であり、保護してあげなければならない存在でした。

しかし、時間当たり生産性でシビアに評価する時代になると、効率性の概念が弱く際限なく残業してしまうような人こそ「問題」であり、社内の大半の男性社員の働き方がまさに「大問題」であるというコペルニクス的転回が起きたのです。

筆者も、企業からいただくコンサルティングのご依頼内容がガラッと変わりました。それまでは「育児や介護をしながら働けるように、どのような制度を作ってあげたら良いでしょうか?そういう人材も差別しないでちゃんと活用するように、管理職に分かってもらうにはどうしたら良いのでしょうか?」というご相談でした。

今は「育児や介護をしている人は、早く帰りたいので、やり方を工夫する意識がある。それに対して、私生活でやりたいことがない社員は従来のやり方をなかなか変えない。こうした帰りたがらない社員に対して、効率良く仕事を終えて早く帰りたいという意識を持ってもらうにはどうしたら良いでしょうか?」となったのです。

特に企業が頭を悩ませたのが、組織をあげて一八時に消灯して帰るよう促しても、家に向かわず新橋界隈で滞留する「フラリーマン」でした。残業代が減ったうえに、飲み代がかさむじゃないかと会社への不満が増えました。

こうした中、コンサル先の人事部の皆さんが口々に同じことを言い始めたのです。

「家族との関係性が良い社員は、早く帰れて家族と時間を過ごせることを嬉しく思いますが、残念なことに多くの社員がすでに家族から早く帰って来られても迷惑な存在になっているのです。だから、時間当たり生産性を上げて早く帰りたいとは、根本的に思ってないんです。でも……そんな関係性にしたのは、これまでのわが社の働き方なんですよね」

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経営戦略としての男性育休

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