人間関係にはそれぞれ適切な距離感がある
次に「自分がある」人間になるために大切なのは、人間関係の距離感をハッキリとさせることである。とにかく八方美人をやめる。もっと簡潔にいえば、好きな人と嫌いな人をハッキリと分けることである。尊敬する人と軽蔑する人をハッキリと分けることである。
世の中には尊敬できる人ばかりではない。ずるい人がいっぱいいる。人をだます人がたくさんいる。人をだます人は、だましてもだましても、まだまだし足りない。
なかでも自分の手を汚さないで人をだます人が、もっとも質の悪い人である。こういう人を軽蔑することで「自分のある人間」になれる。自己喪失を乗り越えられる。
自分のない人は、だれも軽蔑できない。ただ一人の例外は自分自身である。自分のない人は、自分だけは軽蔑する。自分のない人は、誠実な人も、卑しい人も同じに見てしまう。そして同じ態度で接する。同じように迎合する。
質の悪い人からも、質のよい人からも同じように好かれようとする。だれからも嫌われるのは怖い。自分のない人は相手を軽蔑するのが怖いのである。それは質の悪い人からでも嫌われるのが怖いからである。八方美人というのは、自己蔑視している人である。だから人からの虐待を許してしまう。
どんなにバカにされても、それに抗議ができない。嫌われるのが怖いから、怒りを表さない。自己蔑視がひどくなれば、虐待されても怒りさえ湧いてこない。トコトンひどい扱いを受けても怒りが湧いてこない。それが自己蔑視した八方美人である。
自分をしっかりと持つためには、楽しいことを見つけること、次には尊敬する人と軽蔑する人をハッキリと分けること。決して同じ態度で人と接してはいけない。
他人を喜ばせようとしてはいけない
「自分がある」ということは自分自身の基準を持っているということである。他人の期待に応えようとしているかぎり、プレッシャーはなくならない。メジャーリーガーにとっていちばん重要な資質は何かを書いた『メンタル・タフネス』という本がある。
著者は、選手は他人の期待に応えようと悩んではいけない、自分自身の基準に応えようと努め、他人を喜ばせようとしてはならないと言う。多くの選手は他人がどう見ているかに気をつかうと言う。しかし、そうした選手は偉大な選手になれないと言う。
偉大な選手になるためには、他人の期待に煩わされることはない。このようなことは、なにも野球の選手についてばかり言えることではない。われわれの人生に対する態度として必要なことである。
自分自身の基準を持たない人が「自分のない人」である。「自分のない人」が他人の期待に応えようとし、プレッシャーに負けて自分自身の能力を発揮できない。小さいころから周囲の人の期待に応えようとして生きてきたら、自分自身の基準が持てなくて当たり前である。
いま自分自身の基準がないといって落胆することはない。今日から「私はだれなのか?」を自分に聞きながら自分自身の基準をつくっていけばいい。そしてその基準ができるにしたがって、他人の期待に応えなければというプレッシャーはなくなってくる。
そうなったときが「私はプレッシャーが好きだ」と言えるようになる。『メンタル・タフネス』の著者は勝者の態度として、この「I love pressure」をあげている。こうなったときにはプレッシャーがプレッシャーでなくなっている。
【著者紹介】加藤諦三(かとう・たいぞう)
1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。