商都・大阪の「標準語」は大阪弁である。
商談の始まりの挨拶用語である「まいど」は、大阪ならいつでもどこでも使われるように思われるが、店主の業種、客の性質、相手との親疎の度合いや人間関係や権力関係次第で「まいど」ではなく「いらっしゃいませ」を使う場合もあるという。
例えば「餅屋」をルーツとする菓子屋では「まいど」だが、「上菓子屋」(上菓子は、お茶席などで使う高級品)をルーツとする菓子屋は「いらっしゃいませ」を使うケースがある。不動産屋は一見の客がほとんどなので「まいど」は使わず、刃物屋も扱う品物の性格上「まいど」は使わない。
そんな商談における大阪弁の機能について、龍谷大学文学部教授の札埜和男さんに解説して頂く。
※本稿は、札埜和男著『大阪弁の深み』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
商売人が使う大阪弁とは
商談における関西弁の5つの機能については真田信治監修『関西弁事典』に詳しく記したが、ほぼ大阪で調査した結果なので大阪弁に置き換えても変わりはないであろう。
1つ目は継続機能である。商談は断られてしまうとそこで終わりである。何とか商談成立の可能性を探ろうと話を続ける。その際に大阪弁は効果的である。
長野県出身で神奈川県に住む、ある大手企業の大学時代の後輩の営業担当者は、自身の東京や福岡での勤務経験を踏まえて「他の地域では『どこ行かはるの』といった挨拶のやりとりはしない。関西(大阪)弁は日本語として非常に曖昧。関東は答えをはっきり求める。別にはっきりとした場所の答えを聞きたいわけではない。曖昧でいい。はっきりさせないからこそ話が切れない」と述べる。
商店街の店主たちも同じ考えを述べている。「けっこう、曖昧なところで、話がつながるところちゃいますか。のらりくらりすることで話がつながりますし。相手の意向を探ろうとして落としどころを探るというか。誇張して話を膨らませやすいし、本心、本音でぶつかれます。ただその場合は関西(大阪)弁がわかる人でないと」(印刷業)。
「はっきりさせない、継続するための言葉は商談には必要。はっきりしてしまうと実りにくい。『それはダメです』、『全然ダメ』、『ダメなものはダメ』といった表現はタブー。曖昧な方が実のなる商売になる。商談は人間対人間で成り立つので曖昧なほうが契約や商売は延長できる。『これでいきまひょか』に対して『かなんなあ。ギリギリでやってまんねん。大変でんねん』といったやりとりかなあ」(文房具店)。
「よっぽどでないと断定はしません。『できません』て言うたらそこで切れてしまう。古くからの付き合いや馴染みには『できません』やのうて『できませんなァ』ですね」(トロフィー制作・販売業)。「商品が無くても『ありまへん』とは言わない。『またとっときまっさ』と言って、また来させるために紛らわしながら(断定を)避けて通る」(陶器販売)などの証言がある。
2つ目は喧嘩防止装置、すなわち「角を立てない」機能である。ある店主は「商売人は喧嘩したら負け、お客さんを怒らしたら負けでっさかいに」と述べ、商品がない場合でも「『ありません』はきつく感じるので言いません。『おまへんなあ』とか『ありませんなあ』です。柔らかいですわな」と述べる。印刷業店主は仕事に関する受注生産のシミュレーション(この辺で手を打つ、ギリギリの所)として、A(印刷業者)「(いくらいくらに)なりますねんわ」、B(客)「それでもうちょっと何とか」、A「なんぼやったらよろしのん(しやはりますのん)?」、B「ちょっとでも安かったら安いほど......」、A「これ以上は無理ですわ。もうけさせてくれとはいわんけど、適正利益は欲しいです」という例を挙げながら「もしこれが共通語だったらギスギスする」と言う。
大阪のある店主は大阪弁を「柔らかくてはっきり言わない。あたりさわりないので人を傷つけない」ことばだと述べ、C(客)「800円を500円に負けてくれへん」、D(陶器店主)「それはあかん、でけへん」、C「しゃーないな、顔立てとくわ」といった会話を挙げ「大阪弁は商いのやり取りの中で生まれてきたことば。『まあ、負けときまっさ』が交渉の中で一番よく使うことば」だと述べる。
3つ目は自分を鼓舞する機能である。ことばに自分の気持ちを入れて自分の気持ちを奮い立たせるのである。「商談の勝負時には『おおきに』であって『ありがとうございます』とは言わない。無意識のうちに使い分けている。『おおきに』を商談の最初か最後で必ず付ける」という店主もいる。
4つ目は仲間意識を共有する機能である。商談で同じ大阪弁を交わすことで仲間であると意識し、互いを結束させる効果がある。ある店主は体験から「『頼んますわ』と言うところを、もし『頼みます』と言えば、即刻断られる」と話す。さらに「これ以上言われたらどないもなりませんわ」、「そらあきませんわ」、「やってられませ(へ)んわ」といったことばは、一緒に腹割って話し合って考えてますよ、という意思表示であるのに、共通語で返されると「なんでそんな言い方すんねん」となる、と述べる。「それは違いまっせ」が「それは違いますよ」となると、「あなたはあなた」、「私は私」と別々に感じる、とまでなるという。非関西人で大阪弁を駆使する営業担当者も「赤の他人とは区別して、友達になり、すぐ仲間意識を育むことばである」ことを実感するという。
5つ目はコミュニケーション機能である。これは単なるコミュニケーション機能ではなく「利益につながるコミュニケーション機能」である。なじみの人には店頭で大阪弁を交わすことにより親密度がより高まって、遠慮がなくなり、本音が出てくる。そしてこの感情が購買へとつながるということである。
前出の営業担当者は「笑いが重要で、スピード感やボケ・突っ込みのやりとりなど面白さが要求される」と大阪を客観的に分析するが、そういった価値観を大事にしている土地であるからこそ、商売に直接つながらない会話でも重要視されるのであろう。







