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「自分の孫の話は、他人にはつまらない」に気づかない“悲劇”

2019年10月21日 公開

森博嗣(もりひろし)

孫の話題はつい出したくなってしまうものだが(森博嗣)
※写真はイメージです

作家の森博嗣氏は、「定年になり引退したら、思う存分自分の好きなことをしよう」とぼんやりと夢を見ていた人が、思い通りにいっていない事例を沢山見てきたという。ではそんな"悲しい老後"にならないためにはどんな準備をすればいいのか?

「定年後は好きなことをして楽しく暮らそう」

日々仕事にまい進している人ほど、そう考えていることは多い。しかし、現実問題、なかなか思うようにいかないようだ。なぜそのような悲劇が怒るのか? 今から準備できることは?

森博嗣氏の新著『面白いとは何か? 面白く生きるには?』(ワニブックスPLUS新書)より、定年後の悲劇が生まれてしまう理由と、その対処法を取り上げていく。
 

忙しい時にこそ、自分が「面白い」ものに気づくことが必要

みんなが「面白そう」にしているから自分もしよう、という流行のようなものに翻弄されると、いずれ自身に「面白さ」がないと気づくことになる。そういう人を、僕は沢山見てきた。特に歳を取ってから、それに気づく。何故なら、仕事に忙しい時期には、気づく暇もなかったからだ。

忙しい時間というのは、それなりに「面白い」ものでもある。仕事の同僚とは、なんとなく友達のようになれるし、同じ目的を持っていれば仲間意識も湧く。そういうもので満足感を得ていたのだ。

忙しい状況は「しかたがない」ものだ、と我慢をしていただろう。そして、「定年になり引退したら、思う存分自分の好きなことをしよう」とぼんやりと夢を見ていた。

ところが、その年齢になったとき、どうも思ったとおりの「面白い老後」にならない、という結果が待っている。何がいけなかったのか、どうすれば良いのか、と思案している。

そんな人たちを沢山知っている。

 

一人で楽しめる趣味は「面白さ」が約束されている

どんな種類の「面白さ」を期待していたのか、という点でも違いが出る。たとえば、一人静かに本を読むことが「面白い」という人は、時間さえあれば、すぐにも「面白さ」が実現するだろう。

また、僕のように工作がなによりも「面白い」と思っている人も、老後は楽しみが多い。仕事がなくなるだけで、その時間すべてを工作に使うことができる。そう考えるだけで、楽しみでにやけてしまうのではないか。

このように、人から「社会の役に立っていない」「暇潰しでしかない」と揶揄されながらも、長年楽しんできた個人的な趣味は、人生において大きな「面白さ」を作り出す。

この種のものは、熟練すればするほど面白くなり、いくらでもやれること、やりたいことが湧き出てくるので、死ぬまで「面白い」人生が約束されたようなものだ。

問題は、このように一人で楽しめる趣味がない人たちである。

たとえば、家族旅行が趣味だ、と思っていた人は、家族が欠けると、「面白さ」が半減してしまう。また、なんらかの競技を楽しんでいた人は、健康に不安があれば続けられなくなるし、そもそも勝ち負けに拘るような「面白さ」だったら、老後は不利になるだろう(シニアクラスで頑張れるかもしれないが)。

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